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第5章 弥生時代の社会

ホーム > 第五章 弥生時代の社会 > 2.祭祀と世界観 > 穀霊信仰と鳥に対する崇拝墓

2.祭祀と世界観

狩猟採集を生業としていた縄文時代には、海、山、川、森林、動物、植物、道具などこの世のあらゆるものに霊がやどり、それが人間社会に影響を与えるという精霊信仰が存在したことが多くの発掘事例から推測できます。
稲作が渡来し本格的な農耕が開始された弥生時代には、縄文時代の精霊信仰に加えて新たに稲の豊穣を祈る穀霊信仰と祖霊信仰が大きな柱になっていったと考えられます。

穀霊信仰と鳥に対する崇拝

穀霊信仰は穀物の霊に対する信仰で、この世のあらゆるものに霊がやどるという縄文時代以来の精霊信仰の一種です。農耕が開始された弥生時代には、生活に最も大きな影響を与える稲の穀霊に対する信仰が独自に発達していったと考えられます。
弥生時代に穀霊信仰が存在したことを表すのが、大阪府池上遺跡、山口県宮ヶ久保遺跡など各地の遺跡から出土する鳥型の木製品や、奈良県清水谷遺跡、鳥取県稲吉角田遺跡などから出土している鳥装のシャーマンとおぼしき人物が土描かれた土器です。

穀霊を運ぶ生物として鳥を崇拝する風習は、現在でも穀霊信仰を行う東南アジア稲作民族に広く認められます。北部ラオスのプー・ノーイ族は雨乞いのため満月の夜に背中に竹づくりの羽を背負って鳥の舞を踊ります。日本でも島根県津和野町弥栄神社に鷺の姿に扮して舞う鷺舞という神事があります。神武天皇の軍を先導したとされる八咫の烏をはじめ、鳥に対する独自の崇拝は『古事記』『日本書紀』など、日本の古代文献にも見られます。

こうした鳥に対する崇拝の観念は、天空に近い場所をより神聖とする観念の表れでもあることが、東南アジアの民族事例や古代中国の文献などから窺うことができます。弥生時代の建物が描かれた絵画土器に吉野ヶ里遺跡の物見櫓のような高い建物がよく描かれたり、吉野ヶ里遺跡の主祭殿のような重層の建物が出現してくる背景には、穀霊信仰とそれに基づく穀霊を運ぶ鳥への崇拝があったと想像できます。

写真:大阪府和泉市池上曽根遺跡出土の鳥形の木製品
大阪府和泉市池上曽根遺跡出土の鳥形の木製品
写真:鳥取県の稲吉角田遺跡出土の人物が描かれた土器
鳥取県の稲吉角田遺跡出土の人物が描かれた土器
写真:島根県津和野町の弥栄神社で行われる鷺舞
島根県津和野町の弥栄神社で行われる鷺舞

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