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第5章 弥生時代の社会

ホーム > 第5章 弥生時代の社会 > 4.交易・租税 > 前期末~中期初頭にかけての交易の状況

4.交易・租税

弥生時代の交易については、一地域・一地方内にとどまらず、沖縄や朝鮮半島、中国大陸とも海を越えて交易していたことが各地の遺跡の出土遺物から明らかに なっています。また、今山産の石斧や立岩産の石包丁など特定の生産地の生産品が広く流通するような現象があったことも確認されています。

前期末~中期初頭にかけての交易の状況

弥生時代の交易の状況がはっきりとしてくるのは、西日本各地で集落数が急激に増加してくる前期末~中期初頭にかけてです。
この時期、北部九州地方では福岡県の今山産の石斧と立岩産の石包丁が、東は豊前、西は佐賀平野、南は熊本県の宇土半島まで、広く一円に流通する状況が出現します。
特定の産地の石材や石器が広い地域に分布する状況は縄文時代にもありましたが、加工度の低い縄文時代の石材流通に比べ、今山産の石斧、立岩産の石包丁は原産地での製品化が高いことが特徴です。同じ時期、近畿地方ではやはり石器の材料となる二上山産サヌカイトの流通圏が成立します。

日用品である石器の流通圏が確立してくる一方で、福岡県吉武高木遺跡では朝鮮大陸製の青銅製の鏡や剣が副葬されており、こうした「貴重品」を求めて朝鮮半島との交易も開始されていたことを窺わせます。こうした特定墳墓の副葬品は特定の人物の身分を象徴するものであり、単なる「貴重品」ではなく「威信材」としての機能を持っていたと考えられます。特定の人物の身分を表す「威信材」の入手のために、海を越えて朝鮮半島や中国大陸との交易が行われるようになったことは、縄文時代にはなかった弥生時代の新しい傾向です。

図:今山産の石斧と立岩産の石包丁が広く一円に流通する状況
今山産の石斧と立岩産の石包丁が広く一円に流通する状況
写真:福岡県の吉武高木遺跡3号木棺墓
福岡県の吉武高木遺跡3号木棺墓出土遺物

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