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 吉野ヶ里歴史公園

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スタッフ日記

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《更新日》 2009年6月5日

吉野ヶ里遺跡の水田は?

5月31日に公園内の水田で、田植えが行われました。水田でよく聞かれる質問に「吉野ヶ里に水田はあったのか」というものがあります。
現在、吉野ヶ里公園の中に復元されている水田は、その下から水田の跡が見つかったわけではなく、他所の遺跡から発見されている水田の跡を参考に復元しています。つまり、吉野ヶ里遺跡からは水田と断定できる遺構は見つかっていないわけです。では、水田の跡はどうやって見つけるのでしょうか。
水田の跡を見つけるときによく使われるのが、プラントオパールの定量分析と呼ばれる手法です。このプラントオパールが土壌の中で大量に見つかることで、そこで稲が栽培されていたという目安にすることができます。

さて、水田を探すときに活躍するこのプラントオパールですが、これはイネ科の植物の葉にあるガラス質の細胞で、腐食や熱に強いという特徴があります。なので、田んぼの中で、稲が腐って肥料になったり、火をつけて田んぼを焼いても、プラントオパールだけは田んぼの中に残るのです。また、稲、粟、麦など種類ごとにプラントオパールの形が違うので、稲のプラントオパールだけが大量に見つかることでで、そこで稲が栽培されていた可能性がでてきます。ただ、稲のプラントパールが大量に出て出てきただけでは、そこで、水稲をやっていたのか陸稲をやっていたのかわからないので、水田と思われる土壌が見つかったときに、プラントオパールの分析を行うのが一般的なようです。

ちなみに、吉野ヶ里遺跡からもイネのプラントオパールは検出されていますが、最初にも書いたとおり、肝心の水田の痕跡が見つかっていないのです。
 

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