弥生人の声が聞こえる
 吉野ヶ里歴史公園

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吉野ヶ里遺跡の紹介

地形編

Q. 外環壕と内環壕の形が違うのはどうして?

A.環壕には外敵からの防御機能と場所ごとの役割を分ける機能(区画)があります。外環壕は前者に重きを置いた構造で、内環壕は後者に重きを置いた構造と考えられています。

外壕

▲外壕

内壕

▲内壕

吉野ヶ里は集落全体が大きな壕で囲まれています。弥生時代600年の間に、集落が発展すると共に外壕も次第に規模を大きくしていったと見られ、最盛期には総延長2.5kmにも及ぶ大環壕として整備されます。また、最盛期には北と南の2カ所に特別な区域が設けられ、特に北にある特別な区域(北内郭)は内壕が2重になっておりこの区域の重要性をより表しているようです。

Q. 環壕の一番深い所は何メートルあるの?

A.確認している一番深い所は、深さ3.5m、幅6.3mほどありますが、上部か削られており、当時は深さ4.5m、幅7mくらいあったとおもわれます。

Q. 掘るのに何人で何日かかったの?

A.長い時間かけ、何度も掘り直されて今の環壕の形ができあがっています。仮に環壕の長さを2.5km、幅7m、深さ3mとすると土量は24.750立方メートル、これを当時の道具などを考慮に入れて計算すると、毎日100人が作業して、およそ495日かかるという研究結果があります。これは掘り上げるだけの計算で、土塁として盛り上げ、城柵を作る日数は入っていません。

Q. 環壕には水は入っていたの?

A.空壕です。吉野ヶ里は丘陵のうえに立地していますので、雨水が一時的にたまってもすぐに流れ出したと考えられています。環壕の高いところと低いところの高低差は、大きいところで10m以上もあり、雨水は すべて低い所に溜まった後、地面にしみこんだり蒸発したりしたものと考えています。

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