弥生人の声が聞こえる
 吉野ヶ里歴史公園

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吉野ヶ里遺跡の紹介

遺物編

Q. 勾玉は何の意味があるの?

A.魔除けやお守りとして使われていたようです。吉野ヶ里遺跡からは、「玉」と呼ばれる遺物が多数出土しています。勾玉 も「玉」と呼ばれている遺物の一つです。

勾玉

Q. 火をおこす方法はどうしていたの?

A.手で棒をこする『もみきり』、弓の弦を棒に巻きつけてこする『弓きり』があったといわれています。吉野ヶ里遺跡では 発見されていませんが、同じ時代、他の遺跡では黒こげた『火きりうす』『舞いきり』と思われる遺物が発見されています。

火きりうす

Q. 土笛は何に使うの?

A.儀式など神に祈りを捧げる際の楽器として使われ、他には『琴』などが他の遺跡から発掘されています。
日本海側の地域で出土していることが多く、吉野ヶ里からは出土していません。

Q. 甕棺は日本で考えられたの?

A.佐賀、福岡(長崎、熊本、大分の一部)に観られる特殊な埋葬方法で、この地域独特に発展したものと考えられています。なお、吉野ヶ里の墓には、他にも土壙墓、木棺墓、石棺墓、壺棺墓などがあり全てが甕棺墓ではありません。同時代の世界の例として韓国、イタリアのシシリー島、インド、中国の一部などがあります。

甕棺

Q. 吉野ケ里では甕棺はいくつくらい見つかっているの?

A.甕棺は3,000基以上(その他の墓は350基以上)が見つかっています。まだ未調査のところも多く、脊振山麓までの約4km間に15,000基から20,000基程度が存在していたものと考えられています。

Q. 青銅や鉄を作る技術はあったの?

A.吉野ヶ里遺跡からは鋳造した跡や鋳型・坩堝・鎌・鍬などの農具や、斧・やりがんな・刀子等の工具が見つかっています。また高純度の錫片が出土したことから青銅を調合する技術もあった可能性は高く、吉野ヶ里出土の鉄製品は、朝鮮半島や中国からの鉄板を加熱加工したものであることが分かっています。

銅鐸
▲銅鐸
銅戈
▲銅戈
鉄製品
▲鉄製品

弥生時代になると、鉄や青銅といった金属器も伝わり、人々の作業能力は飛躍的に向上しました。ある研究の成果では、鉄の斧と石の斧とでは、その能力に4倍の差があるといわれています。鉄の斧を使い始めたことによって人々はさらに農業やその他の生産を発展させていったのでしょう。鉄の製品は農具や工具、武器などの実用品として、また青銅の製品は、初めのころは実用品として、その後は主に祭りの道具や権威を表すシンボル的なものとして使われるようになったと考えられています。

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