弥生人の声が聞こえる
 吉野ヶ里歴史公園

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吉野ヶ里遺跡の紹介

くらし・食べ物編

Q. どんなものを食べていたの?

A. 弥生時代になると、中国大陸や朝鮮半島から米作りが伝わりました。また、米の他にも、さまざまな海の幸、山の幸を食べていました。

  • 小麦、アワ、キビ、豆、瓜、ドングリ、クルミ
  • イノシシ、鶏、シカ、クマ、タヌキ、イヌ
  • フナ、コイ、サメ、スズキ、アジ、オオタニシ、カワニナ、ヤマトシジミ

食事

▲食事

これらのものを煮たり焼いたりして食べていたのでしょう。当時は箸を使わず、手づかみで食べていたようです。

魏志倭人伝には倭人の食生活について「倭の地は暖かく、冬も夏も生野菜を食べる」「飲食には高杯を用い、手づかみで食べる」「人々は生来酒が好きである」とかかれています。
各地の遺跡から出土する炭化穀物などにより、弥生時代には米の他に、小麦、アワ、ヒエ、小豆などの雑穀が栽培されていたことが明らかになっています。

Q. 飲み水はどうしていたの?

A. 吉野ヶ里からは、湧き水が豊富に出るところがたくさん見つかっています。この場所を簡単な柵で囲って、飲み水を確保していたようです。また、弥生時代終わり頃~古墳時代始め頃にかけてつくられた井戸も1カ所見つかっています。日本の他の遺跡では井戸跡が見つかっているところもあり、吉野ヶ里からも見つかるかもしれません。

水汲み

▲水汲み

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