弥生人の声が聞こえる
 吉野ヶ里歴史公園

  • ENGLISH
  • 韓国語
  • 中国語
  • 文字サイズ
  • 文字サイズを大きくする
  • 文字サイズを小さくする
  • 文字サイズをリセットする

ホーム > 吉野ヶ里遺跡の紹介 > 吉野ヶ里遺跡の終焉

吉野ヶ里遺跡の紹介

吉野ヶ里遺跡の終焉

3世紀後半頃、吉野ヶ里遺跡全体を取り囲む環壕は、ほぼ埋没し、北内郭、南内郭とともにその機能が失われてしまったと考えられています。それと前後して、南内郭付近の丘陵部には4基の前方後方墳が築かれます。吉野ヶ里丘陵の南部一帯は、人々の生活する集落から、人が葬られる埋葬の地へと変化したようです。
吉野ヶ里に集まって住んでいた人々は、どこに行ったのでしょうか?
弥生時代の終焉と共に、どこかへと移り住んでしまったのでしょうか?

前方後方墳

▲前方後方墳

発掘中写真

▲発掘中写真

ページの先頭に戻る