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 吉野ヶ里歴史公園

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吉野ヶ里遺跡の紹介

吉野ヶ里遺跡関連年表

年代 日本 中国・朝鮮半島
時代 主な出来事 主な出来事
約1万2千年前 旧石器時代 ナイフ形石器などを使って人々が生活をしている。
 
 
 
縄文時代  この頃、土器が作られ始める。  
4世紀   北部九州で水稲耕作が始まる。  
    丘陵南端周辺で集落が営まれ始める。  
3世紀 弥生時代前期 丘陵南部に環壕集落が形成される。  
2世紀   秦の始皇帝中国統一(前221年)
前漢成立(前202年)
衛氏朝鮮成立(前194年)
  この頃、北部九州では銅剣・銅矛・銅戈などが副葬されるようになる。
  弥生時代中期 丘陵各所に甕棺墓が多数列状に埋葬される。
紀元前1世紀 丘陵南部で青銅器の鋳造が行われる。
北墳丘墓が築造、有柄銅剣やガラス管玉等が副葬される。
漢武帝、朝鮮半島に4郡設置
(前108年)
南のムラ祭壇?が築造され、祭祀が行われる。
この頃、倭人は百余りの国に分かれ、漢の楽浪郡と交渉する。(漢書地理志)
 
紀元後1世紀     王莽、新皇帝と称す。(8年)
貨泉の鋳造(14年)
後漢成立(25年)
弥生時代後期 外環壕が掘削され始め、大規模環壕集落が成立する
  倭奴国王、後漢に朝貢し、光武帝より印綬を賜る。
  (57年・後漢書東夷伝)  
    この頃、北部九州では甕棺墓が激減し、土坑墓・石棺墓が多くなる。  
2世紀   倭面土国王師升等、後漢に遣使する。(107年・後漢書東夷伝)  
    内壕が掘削され、南内郭が成立する。物見櫓が建てられる。  
    この頃、倭国乱れ、その後卑弥呼が共立される。(魏志倭人伝)  
    南内郭は掘り直され、新たに北内郭も成立する。大型建物が建てられる。  
3世紀     公孫子、帯方郡を置く。(204年)
後漢滅び、魏成立(220年)
魏、公孫子を滅ぼす。(238年)
     
    卑弥呼、魏に遣使する。(239年・魏志倭人伝)
  古墳時代 この頃、丘陵上に前方後方墳、方形周溝墓が営まれる。  
4世紀  
5世紀      
6世紀     隋中国統一(589年)
唐成立(618年)
7世紀    
8世紀 奈良時代 平城京に遷都。(710年)  
  この頃、官道が造営され、丘陵各所に堀立柱建物が多数建てられる。  
  平安時代 平安京に遷都。(794年)  
9世紀    

※太字は吉野ケ里の出来事

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