弥生人の声が聞こえる
 吉野ヶ里歴史公園

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吉野ヶ里遺跡の紹介

古代の森

吉野ヶ里遺跡の北側には、シイやカシなどの照葉樹林が連なっていたと考えられています。これまで、様々な木製の道具、建物の部材などが発見され、また、多数の建物跡が確認されているよう、この吉野ヶ里に暮らした人々は、森を切り開いて、森の恵みをうけながら、クニづくりを進めました。

弥生時代の中~後期には、この森の中には建物は建てられませんでしたが、森は南北の帯状に切り拓かれて、2列に甕棺を埋葬する列状の墓地がつくられました。その長さは、南北約600mにも及び、日本で最大級の墓列です。

また、時代が変わって、奈良時代には、古代の森ゾーンの南側に、大宰府と肥前国府を結ぶ官道(現在で言う国道)が、東西を横切るようにつくられました。丘陵部は大規模に切り通しがつくられ、一直線の道が通されました。
また、この官道に近い場所には、複数の堀立柱の建物跡や井戸枠があり、机のような板材や、井戸枠からは墨書きされた木簡も出土しており、奈良時代~平安時代に掛けて、役所のような場所であったと考えられています。

古代の森ゾーンのほぼ中央には、「古代植物館」があります。吉野ヶ里での森と人との関わりが学べ、体験学習や、休憩等ができる多目的な施設です。 園内移動バスも、この建物前から発着します。

奈良時代の官道
▲奈良時代の官道
奈良時代の堀立柱建物跡
▲奈良時代の堀立柱建物跡
木簡
▲木簡
甕棺墓列
▲甕棺墓列
甕棺墓列(鳥瞰図)
▲甕棺墓列(鳥瞰図)
甕棺墓列(拡大図)
▲甕棺墓列(拡大図)
木製の祭祀具
▲木製の祭祀具
柱と横木の出土状況
▲柱と横木の出土状況
板材出土状況
▲板材出土状況

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