弥生人の声が聞こえる
 吉野ヶ里歴史公園

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《更新日》 2018年3月9日

春の園内オススメ見学ルート【歴史編】

初めて公園に訪れた方から、こんな声が聞こえることがあります。

吉野ヶ里遺跡を見たいけど、どこからまわったらいいの?

そこで今回は、オススメの見学ルートをご案内したいと思います。

まずご来園の際、公園には3ヵ所の入園口がありますので、遺跡見学には
東口をご利用ください。

東口には、「歴史公園センター」という白く大きな建物があります。
ここにはレストランや売店もありますが、見学前にご利用いただきたいスポットがあります。

『ミニシアター』では12分の映像で吉野ヶ里遺跡の解説を、『ガイダンスルーム』ではパネルや模型での解説がされていますので、見学前に見ておくと見え方が違ってきますよ。

入園し橋を渡った先はいよいよ弥生時代です。
この先にある復元された弥生時代の建物や施設は、遺跡の発掘調査後に埋戻して柱などは遺構の真上に建ててあります。
つまり、スケール感は弥生時代そのままなのです。

吉野ヶ里遺跡からは、弥生時代初頭から晩期まで700年に渡る全時代の出土品や遺構が見つかっていて、公園で復元されているのは最も栄えていた3世紀後半の集落の様子です。
ちなみにこの集落はひとつのムラではなく、クニの中心として周囲に点在する集落をまとめていた首都(王都)だったと見られます。

まずは集落の入口
環壕入口が見えてきます。

「環壕」とは、文字通り「環(わ)」となった「壕(ほり)」のことで周りをぐるりと堀で囲った集落ということになります。
吉野ヶ里遺跡は、40ha以上の集落を全長2.5kmの堀で囲んだ大環壕集落だったことが分かっています。
その入口は周囲は堀の外側に土を盛り、上には丸太の城柵が造られており、内側には「逆茂木」と呼ばれる杭が敵の侵入を防ぐように何重にも打たれています。
弥生時代は稲作が始まった時代との印象が強いですが、実は戦争が始まった時代でもあるのです。
そのため厳重な防護施設が造られていたと考えられています。

「環壕入口」から北側へ向かうと、王や支配者層が住んだ
南内郭が見えてきます。

ここはさらに環壕で守られたエリアで、高さ12mの「物見やぐら」が4棟建てられ、四方を兵士が見張っていたと考えられています。


ここでは弥生時代の衣装や鎧などを着て写真が撮れるので、ぜひご利用ください。


4棟の「物見やぐら」のうち、2棟には昇れるようになっています。
上からは「南内郭」はもちろん遺跡の他のエリアも360度眺めることができますので、佐賀平野の景色と合わせて楽しんでください。
天気がよい日は、有明海を挟み60km先の長崎雲仙岳も臨めますよ。


「南内郭」から北へ出ると、環壕へ降りられる場所があります。
吉野ヶ里の集落は、古代中国に倣い北へ行くほど重要、神聖な施設が造られて、環壕は北へいくほど深く広く掘られています。
環壕の底から見上げる城柵の上までは5mあり、その高さが実感できます。


「南内郭」から北へ進んだ先には
北内郭があります。
ここはさらに二重の環壕で囲われた集落の最重要拠点です。
中国の歴史書「魏志倭人伝」に記された『邪馬台国』の建物の様子に似ていると約30年前に話題になったのはこの「北内郭」です。
そして今現在も吉野ヶ里以外で条件を満たす遺跡は発見されておらず、日本で最も邪馬台国に近い景色を見ることができる場所だと思います。


「北内郭」の中心は
主祭殿と呼ばれる最大の建物です。
16本の太い柱に支えられた3階建て、高さ16.5mの建物は政治や祭祀の中心でクニのまつりごとを決める場となっていたと考えられています。


「主祭殿」内部には往時の様子を人形により再現してあります。
2階では会議の様子を、3階では託宣を受ける巫女が祈りを捧げる様子を見ることができます。
写真左の柱の表面に、鱗状の痕がついていることが分かりでしょうか?
これは弥生時代に製材に使われた手斧(ちょうな)という道具の削り痕を再現したもので、復元建物の木材にはこのような加工痕が残っています。
見学の際、少し気にしながら見ていただくと、より古代気分を楽しめると思います。


「北内郭」の北側に芝生の丘のような北墳丘墓があります。
ここは2100年ほど前の歴代の王や近しい人の墓と見られていて、内部からは14基の墓が見つかっています。


「北墳丘墓」は南側から見ると丘ですが、反対に回ると入口があり内部は保存館となっていて、発掘調査現場を保存し本物の「甕棺」が展示されています。
「甕棺」とはこれも文字通り「甕(かめ)」を「棺(ひつぎ)」に使い埋葬したもので、吉野ヶ里遺跡からはこの「甕棺墓」が3000基以上出土しています。
「北墳丘墓」の甕棺からは「把頭飾付細形有柄銅剣」やガラス製の「管玉」が副葬品として甕棺内部から見つかっており、共に国の重要文化財に登録されています。


「北墳丘墓」内の見学路には、資料があり甕棺墓の埋葬の様子なども展示されていますので、当時の文化や人々の生活を知ることができます。


この他にも、国内外と交易を行った『倉と市』、一般民が暮らした『南のムラ』、埋葬された甕棺墓の様子を再現した『甕棺墓列』などのエリアがあります。
また『吉野ヶ里遺跡展示室』では、出土品や出土時の状況などの展示を見ることができますので、ぜひお立ち寄りください。


園内では「勾玉づくり」や「火おこし」、「組ひも」などの古代体験プログラムや遊具エリア、スポーツで遊べる大芝生広場もありますので、春の行楽で一日ゆっくりお楽しみください。

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