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 吉野ヶ里歴史公園

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吉野ヶ里遺跡の紹介

集落内で最も一般的なムラと祭壇の地域

南のムラは北内郭、南内郭と異なり、ムラを区画する内壕を有していません。

一部行った発掘調査から、竪穴住居三棟ほどに高床一棟というまとまりの集合体を成していると考えられます。このような形態は周辺の一般集落と同様であり、集落内で最も一般的な性格をもったムラであったと考えられます。

南祭壇は墳丘墓と考えられていましたが、平成10年度の調査で墳墓は発見されず、これを囲む溝や供物の入った祭祀用の壺が発見されたことから、祭壇と判断されるようになりました。

古代中国の都城の例に当てはめれば北墳丘墓が祖霊を、南祭壇は精霊を祀る場であったと考えられます。