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 吉野ヶ里歴史公園

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吉野ヶ里遺跡の紹介

国内外との交易

交易

国内の他の地域や中国、朝鮮半島との交流、交易を示す遺物が数多く発見されており、「市」の存在を推定される遺構も南内郭西方倉庫群で発見されています。これは、「国」の成立と共に交易の場である市を「国」の中核的集落である環壕集落域に取り組み、交易を管理するようになった表れでしょう。国々に市があることについては『魏志』倭人伝の記述するところでもあります。市では交易のための旅(船出など)や、他からの交易品の到着に際しては、祭りが行われたと想定できます。また、「国」の告知、裁判、刑などの法的秩序を示すための行動が行われたことも推定できます。

【貨泉】

中国の「新」の時代(A.D.8~23年)に作られた貨幣です。

貨泉

【鉄製の蝶番】

精巧に作られており、中国製と考えられています。

【鉄製品】

当時の日本には、鉄そのものを作り出す技術はなかったと考えられており、朝鮮半島南岸などから鉄板などを輸入し、それを加工して製品化していたようです。

鉄製品

【ガラス製管玉】

ガラス材料が、中国「長沙」のものです。

ガラス製管玉

【貝の腕輪】

当時祭祀(さいし)に関係する人だけが身につけていたと考えられている貝の腕輪は、遠く沖縄周辺や南方の海でしかとれない「ゴホウラ貝」や「イモ貝」という貝で作られていることが分かっています。

貝の腕輪

【ヒスイの勾玉】

ヒスイは当時とても貴重なもので、手に入れることが難しい物であったようです。日本では新潟県の糸魚川を始め数カ所でしか採取できなかったと考えられ、吉野ヶ里で見つかったヒスイの勾玉も、糸魚川産であることが分かっています。

ヒスイの勾玉

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