弥生人の声が聞こえる
 吉野ヶ里歴史公園

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吉野ヶ里遺跡の紹介

祭司者の役割分担

古代文献などから、祭祀を司る祭官には大きく次のような役割分担があったことが窺えます。

祭具を司る

祭りの際に鏡、玉、剣などの祭具を奉ったり、祭具の製作にあたる役割。古代豪族では大嘗祭の際に新天皇に神璽の鏡と剣を奉る忌部氏など。

言葉を司る

祝詞など祭の際の特別な言葉(詞)を司る役割であり、古代豪族では大嘗祭の際に天神之寿詞を奏す中臣氏など。
『古事記』『日本書紀』の仲哀天皇の条には仲哀天皇が琴をひき、神がかりとなる神功皇后の言葉を建内宿禰が「狭庭(サニワ)」で聞く様子が記述されており、古くは最高司祭者の神がかりとなった言葉を聞き、これを伝える役割があったことが推測できます。
『魏志』倭人伝には、唯一人卑弥呼のものに出入りして、飲食を給し、女王の言葉を伝える男子がいたことが記されていますが、この男子が仲哀記における建内宿禰のような役割であったことが想像できます。

芸能を司る

祭の際に歌や踊りを奏する役割。古代の宮廷における猿女など。
その祖先は天照大神が天之岩戸に隠れたときに笹の葉を手に持って桶を伏せて、これを踏みならしながら踊ったアメノウズメノミコトであるとされています。弥生時代にも祭で踊りや歌を披露する職能の祭司者がいたことが想像できます。

供物を司る

主に神に捧げる食物(ミケ)を司る役割。古代豪族では宮廷の供御を司った膳氏。伊勢神宮の『皇太神宮儀式帳』などにもミケを司る神宮が存在したことが見えます。

占いを行う

鹿の骨を灼き吉凶を占う太占(ふとまに)などを行う役割。古代豪族では卜部(うらべ)氏など。

律令期にはこうした役割の枠組みの下に多くの階層が設けられ、それを統括する身分として先にあげた豪族が存在しました。弥生時代後期末にはそのような階層分化と職能の細分化はまだ行われていなかったと考えられますが、大きな役割分担の枠組みは存在したと考えられます。

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