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 吉野ヶ里歴史公園

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吉野ヶ里遺跡の紹介

中のムラと祭祀

中のムラは祭祀権者の祭祀儀礼の補助等を行う祭司者達の生活の場であったと考えられます。ここでは、こうした祭司者達が祭司儀礼に必要な祭具や祭器を制作したり、祖霊に捧げる供物の調達や調理を行うなど、祭祀のための仕事を行う様子が見られたと考えられます。祭りの日に使用する酒の製造や祭祀権者が祭りの日に身につける衣服の制作なども、中のムラの祭司達の重要な仕事であったと考えられます。
また、祭司者達の暮らしのための労働に従事する下層身分(生口)の人々も存在したと想像できます。

中のムラは北内郭という祭祀的な性格の強い地域の手前にあって、例外的に生活の場としての様相を示している場所です。こうしたムラのあり方から、「中のムラ」は、北内郭を中心に行われる祭祀権者の祭祀を補佐し、その世話をする祭祀者が暮らす場所であったと想定しました。
中のムラでは祭祀者が暮らし、祭祀に使用する祭具の制作や供物の用意、祭祀者が身につける衣服の制作などのほか、下層身分の者による雑役なども行われていたと考えられます。
なかでも祭りの際、衣服の制作は神聖で重要な行事であったことが『古事記』、『日本書紀』等の記述からうかがえ、「中のムラ」の竪穴建物のうち大型で炉のない物については、こうした衣服の製作場所であった可能性も考えられます。

衣服