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 吉野ヶ里歴史公園

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吉野ヶ里遺跡の紹介

埋葬

墳丘墓とは土あるいは石を積み重ねて丘のような形(墳丘)とした墓です。吉野ヶ里遺跡の環壕集落北部に位置する北墳丘墓は弥生時代中期前半~中頃にかけてつくられ、南北約40m、東西約27mの長方形に近い形態で、その高さは4.5m以上あったと考えられています。

発掘調査中は写真のように遺構面まで掘り下げられましたが、その後に遺構の保存のため一旦埋め戻されました。遺構面の保護処理方策、管理方法等の実験等、検討が重ねられ、発掘当時の状況を公開する施設として設備が進められ、H20年2月に再び公開されました。

墳丘墓

規模

【平面形】

南北約40m、東西約27m以上の長方形に近い形と推定されます。

【高さ】

黒色土を1.2m盛った土に幾層にもさまざまな土を盛った小山を積み重ねて築かれ、現存高2.5mですが、元来は4.5m以上の高さであった可能性があります。

イメージ図

▲イメージ図

埋葬の時期

弥生時代中期前半から中頃(2200年~2100年前)

埋葬の特徴(一般の甕棺墓地との比較)

  • 大人の甕棺
  • 大人用(子供用なし)
  • 外側・内側を黒色顔料(漆または炭化物)で真っ黒く塗る
  • 銅剣や管玉、絹など高い身分を示す副葬品が出土
  • 甕棺の埋葬密度が低い

銅剣

▲銅剣

ガラスの管玉

▲ガラスの管玉

※北墳丘墓内では、複製を展示しています。

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被葬者

埋葬の特徴から、歴代の主張など高い身分のものと考えられます。

人骨の出土

14基中、6基から歯と骨片が少量出土しました。

弥生時代後期の墳丘墓

弥生時代の終わり頃には墳丘墓に眠る首長たちの霊は北内郭の祭殿で壮大にまつられていたと考えられます。

埋葬手順

1. 墳丘の頂部から2m程穴を掘り、さらに掘り下げた穴から横穴を設けます。

埋葬手順1

2. 掘った横穴に甕棺をひとつに据えます。
甕棺の中に死者を埋葬します。

埋葬手順2

3. 蓋となる甕棺をかぶせ継ぎ目を粘土でふさいで埋め戻します。

埋葬手順3

甕棺による埋葬方法は現在、日本では佐賀や福岡を中心とする北部九州で多く発見されている特徴的な方法です。

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他の埋葬方法

土坑墓(どこうぼ)

▲土坑墓(どこうぼ)

木棺墓(もっかんぼ)

▲木棺墓(もっかんぼ)

箱式石棺墓(はこしきせっかんぼ)

▲箱式石棺墓(はこしきせっかんぼ)

吉野ヶ里遺跡から発見された甕棺墓が約3,100基以上に対し、時代、身分の差などにより埋葬方法が異なる墓が400基以上見つかっています。

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墳丘築造技法

北墳丘墓の構造には、当時としては非常に高度な盛土技法が用いられています。このような技法は中国から伝来したものと考えられ、日本では他に例を見ない技法です。北墳丘墓においてこの技法がみられることから、大陸の知識をもつ人が弥生時代中期に既に関わっていた可能性があります。この築造技術を示す版築の跡は、北墳丘墓内の遺構面の見学通路から見ることができます。

【築造の流れ】

1. 決められた広さの中で、まず周囲に土まんじゅうをつくる。

築造の流れ1

2.周囲の土まんじゅうをつなぎ、内側にさまざまな土でまんじゅうをつくる。

築造の流れ2

3.形を整えたら、その上にさらに土まんじゅうをつくる。土まんじゅうをつき固めながら、一定の高さまでこれをくりかえす。

築造の流れ3

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