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 吉野ヶ里歴史公園

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吉野ヶ里遺跡の紹介

北内郭の祭祀

北内郭から北墳丘墓および周辺の区域は集落内でもっとも祭祀的性格が強い場所であり、「クニ」の中核的集落であることから、祖霊への豊饒祈願や冬至・夏至など節気に関連する祭祀など、様々な祭祀儀礼が行われた場所であるとともに、祭政を司る祭祀権者とこれに従う一般祭祀者による祭祀儀礼を中心とする生活の場であり、祭祀を総括する最高祭祀権者もここに居住していたと考えられています。

北内郭は吉野ヶ里環壕集落の祭祀儀礼の中心地であり、祭祀を中心に様々な祭祀儀礼が行われていたと考えられます。日常は北内郭に住む祭祀権者が、主祭殿の3階に設置された祭殿に向かい、祖霊に対して豊穰と安寧を祈る儀礼を日々行ったと推定できます。

また天災や戦争等の非日常的な危機に見舞われた折や重要な政治的決定を行う時には、祭祀権者は、ここにこもり、祭壇の前で祖霊と交感し、祖霊の託宣を聞くための儀式(神がかりの儀式)を行ったと考えられます。 こうした時、主祭殿の2階には政治権者や支配層(大人層)の人々が祭祀権者の託宣を聞き、政治的決定を行うため集まっていたことでしょう。作物の豊かな穰りのために天候を占うことも祭祀権者の大切な役割であった可能性が高いです。殷代の中国の王は10日ごとに次の10日間の天候を占ったとされていますが、吉野ヶ里環壕集落の祭祀権者もあらかじめ定められた日ごとに物見櫓に登り、四方の空を見て天候を占った可能性も考えられます。

農耕儀礼とあわせた冬至、夏至等の季節の祭りの時には、祭祀権者は斎堂にこもり潔斎を行い、東祭殿から太陽を遥拝するなど定められた様々な儀礼を行い、祭りの後には主祭殿の2階で直会が執り行われたと想像できます。また北内郭の広場やその周辺で、夏至や冬至の日に中国の例にならって日影測定の儀式が行われたことも考えられます。