弥生人の声が聞こえる
 吉野ヶ里歴史公園

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吉野ヶ里遺跡の紹介

門と鳥形

弥生時代の土器等に描かれた高床建物や重層建物の屋根の棟飾りや軒飾りには、鳥の姿が描かれていることがあります。また弥生時代の遺跡からは木製の鳥形が出土しており、当時の習俗的シンボルであったと考えられます。
鳥への信仰は現在でも穀霊観念が明確な東南アジアの稲作民族に広くみられることから、弥生時代に穀霊信仰が存在したと推察されます。
当公園においては佐賀県神埼市の「託田西分貝塚遺跡」の出土例に基づいて復元した鳥形を環壕入口の門や主要な建築物の軒飾りとして設置しています。

南内郭入口(東側)門に設置した鳥形

▲南内郭入口(東側)門に設置した鳥形

穀霊信仰と鳥に対する崇拝

穀霊信仰は穀物の霊に対する信仰であり、精霊信仰の一種です。稲作が開始された弥生時代に、縄文時代以来の精霊信仰の上に穀霊に対する信仰、観念が独自に発達していったことは当然推定されます。
それとともに穀霊を運ぶ生物としての鳥を崇拝する観念が生まれたことが大阪府池上遺跡や山口県宮ヶ久保遺跡など、各地の弥生時代の遺跡から鳥形木製品や鳥装のシャーマンとおぼしき人物の描かれた土器などにより推察できます。
鳥への信仰は現在でも穀霊観念が明確な東南アジアの稲作民族に秘匿認められるものであり、ここから逆に弥生時代に穀霊信仰が存在したことを推定することができます。
鳥に対する独自の観念は『古語拾遺』や『古事記』、『日本書紀』などの古代文献でも認めることが出来、そうした観念は弥生時代に遡ると言えます。
天空に近い場所をより神聖な場所とする観念の表れでもあることが、東南アジア民族事例や古代中国の文献などから窺ことが出来、弥生時代の建物が描かれた絵画土器などに高床建物、重層建物が多く描かれ、吉野ヶ里遺跡の祭殿、物見櫓などが出現してくる背景には稲作とともにもたらされたアジアの稲作地帯にみられる穀霊を運ぶ生物として鳥を神聖視する観念が存在したことが窺われます。